関東平野の果てまで
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小田急の車内で見つけた広告に「小田急線がもっと変わる」と書いてある。読んでみると、東北沢~世田谷代田までの連続立体化工事が進んでいるそうだ。
この工事にあわせて下北沢の街も変わるらしい。まあ、マスコミの報道によると、再開発には賛否両論あるようだが、「街は生き物」、変化するのも街が生きている証であろう。
秋晴れの休日、そんな下北沢の街に散歩に出かけてみた。
小田急線の下北沢駅周辺は、現在工事の真っただ中。完成のあかつきには線路が地下に潜るのだという。
南口の駅前にあった駅ビルはとっくに取り壊され、塀にかこまれた大きな空き地が広がっている。広い空の下、井の頭線の電車がホームに滑り込んで行く。
小田急線が地下に潜れば、これまで何気なく通り過ぎていた小田急線を跨ぐこの歩道も、そのうち無くなってしまうのだろうか。
「シモキタ」といえば、劇場が多いことでも有名である。駅前で肩を並べる劇場の案内看板。ブラブラしていると「本多劇場」のビルにあるビレッジバンガードに辿り着く。そのままサブカルの匂いがぷんぷん充満する店で、立ち読みをしながら時間を過ごす。
秋晴れの中、下北沢を満喫した一日であった。個人的には井の頭線のどことなく急がない感じが、下北沢の街には似合っている気がすると思い、一枚シャッターを切ってみたのがこれ。
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早くベトナムの話を書けと、様々な圧力をいただいている今日この頃だが、今朝の日経新聞を読んで、少しショックなニュースを見つけたので、その話題である。
東京から沖縄本島、宮古島、八重山諸島、そして台湾を結ぶ航路を運行していた船会社が、折からの燃料高騰のあおりを受けるなどして破産したという。
3年前に初めて八重山諸島に行ったときに、那覇から石垣島まで利用したことが、最初で最後の懐かしい思い出になってしまった。2等寝台で、7000円ぐらいだったと記憶しているが、一人ずつ仕切られた寝台に、そこそこの味の食堂もあり快適な船旅だった。甲板で月と星を見ながら過ごしたときの情景が蘇ってくる。
この航路は、日本で唯一の外国航路の定期船でもあったので、せっかく海外旅行づいてきたのだから、いつかこいつで台湾に行ってみないなと考えた矢先のことだった。
今回の廃止により、八重山諸島への航空機以外のアプローチ手段がなくなり、南北に長い日本列島の距離感を、時間という尺度で感じることができる、旅の術までが失われてしまうのは残念である。
運行再開を目指して新会社設立の動きもあるそうだが、現在の燃油高などの環境を考えると資金的な目処は立たず、前途は困難であるようだ。
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人生で2回目の海外旅行に行くべく、この週末に準備を進めている。行き先はベトナム。しかも、行く相手が見つからず独りで行くことと相成った。
ちなみに、1回目の海外旅行はもうずいぶん昔、高校の修学旅行で17歳の夏に行った韓国であった。何百人が団体行動をするいかにもなツアー旅行で、全く自由時間がなかったのでつまらなかったが、38度線で北朝鮮に向けて小銃を構えながら国境を警備する兵士の緊張した面持ちが、平和な日本と明らかに異なる感覚を与えたことが今でも鮮烈に思い出される。
今回、ベトナムに行こうと思った理由もはっきりしている。高校の世界史の教師が、「世界で一番美味いのはベトナム料理だ。」と熱弁をふるっていたことを、ふとしたきっかけで思い出したからだ。師曰く「ベトナム料理は、フランス料理と中華料理そしてアジア料理の融合」なのだそうだ。列強に支配され続けたベトナムの複雑な歴史の遺産というべきものなのだろう。ちなみに、ベトナム戦争で敗北したアメリカがベトナムに残したものは、コカ・コーラだったという。この話を聞きながら、外国に行くなら「ベトナムから」と決意したものだった。
旅支度の合間に、「地球の歩き方」と、昔古本屋で買った開高健の「ベトナム戦記」のページを久々にめくり、まだ見ぬ彼の地に思いを馳せてみるのであった。
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京阪沿線で育ち、子供の頃は京阪特急に乗ることが憧れであった。
かつては、大阪の京橋から京都の七条までノンストップ運転であったため、私の実家の最寄駅を特急は通過していたのだが、数年前のダイヤ改定から停車するようになり、帰省の折には大変便利に利用している。
1951年から半世紀以上続いた、カーマインレッドとマンダリンオレンジのカラーリングの特急専用車も、中之島線の開業に合わせてカラーリングが変更されるという。
新線が開業する飛躍の年にふさわしく、新しいイメージに生まれ変わるのだろうが、長年馴れ親しんだカラーリングがなくなるのは少し寂しく感じるものだ。次回の乗車は、新しい京阪特急に乗ることになりそうだ…。
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今回の旅の目的は、高遠城跡公園の花見である。また、しばらくぶりに飯田線のにも乗ってみようと思い立ったのだった。
思い起こせば学生の頃(約10年前)、登山部の南アルプスでの合宿の足に使ったり、友人が「下山ダッシュをしてみたい」と言うのに付き合って岡谷から豊橋まで乗ってみたりと、思いでいっぱいの路線である。ローカル線風情をプンプンさせながら、今でも当時と同じ119系電車が走っているのがうれしい。
昨日の大雨とはうって変わって晴れ間も覗く空模様の中を、中央線でお出かけ。今回は豪華に「あずさ」を駆使しての旅である。それでも小淵沢で途中下車などするうちに時は経ち、伊那市到着は13時過ぎ。そこからバスに揺られて高遠城跡に着いたのは14時であった。
高遠城跡公園の桜は、タカトウコヒガンザクラという珍しい種類だという。ちょうど満開から散りはじめの頃合で、空が見えなくなるほどの密度濃く咲いている。しかしながら、公園内は観光バスやマイカーで乗り付けた人人人でも溢れかえり、ゆっくり散策を楽しめる雰囲気ではないのが惜しい。
人に酔いそうになったこともあり、高遠城跡公園を見下ろせる場所から、眺めて楽しむことにしてみる。しかし、先ほどまで燦燦と輝いていた太陽は何処へ。どんよりとした雲が垂れ込めてしまった。
隣で写真を撮っているおじさんと観光客の話に加わると、今朝は雲もなく背後にある仙丈岳が綺麗に見えていたという。なんとも悔しい限りである。今、その頂は垂れ込めた雲に遮られて、頂上直下の雪渓が微かに見えるぐらいである。
待っても晴れそうにないので、夜景を狙うというおじさんに別れを告げて、高遠駅からバスに乗ろうとすると、茅野行きの路線バスがあるではないか。伊那でローメンでも食べて帰ろかと考えていたのを、時間の都合もあってあきらめて茅野駅経由でさっさと帰京したのであった。
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